心を打つ歌声、あさみちゆき

先月末、偶然点けていた朝のTVで「公園の歌姫」なるNHKの番組を見てしまった。ながら族の私としては、あるプログラムを組みながらの視聴だったのだが、しだいにTVに惹きつけられて最後までしっかり見てしまった。最近もう一度見ようと思って、NHKのオンデマンドを探したが既に期限切れの模様で見れない。妻に「あさみちゆき って知ってるか」と尋ねてみたが「知らない」という、娘に至ってはけんもほろろで話しにならない。誰か録画した方がいないものかね。もう一度見たい。
YouTubeから歌声だけでも載せとこ。
YouTubeから削除されちゃったみたいですね。もう一回載せとこう。

片山右京には熱いものを感じた。

片山右京さんパーテイの富士山事故は痛ましいね。
事故そのものもそうだが片山さんの熱い思いに心が痛んだ。
全く登山とは縁の無い知人からもこの件ではメールを頂いた。有名なF1レーサーであった彼が登山での事故で仲間を失ったことに富士山など知らない一般の人たちも驚き悲しんだことと思う。
私も驚いたが、驚いたポイントが少しばかり登山をしない方たちと違っているかもしれないので書き記しておこうと思う。
突風で飛ばされたことに気付いた夜半に、暗闇のなかで片山さんは仲間の捜索を一人で行っている。ビバーク地から突風に吹き飛ばされて、二人のうち一人はまだ生きていたというのにも驚いたが、夜中に吹き飛ばされたテントと仲間を片山さんひとりで捜し当てたというのに驚いた。
テント地がどこであったかという点が判らないが、富士山で滑落したらアイスバーンで簡単には止まらない。場所によっては1000m滑落してもおかしくないところなのだ。暗闇の中の捜索は決死の覚悟が必要だったはずだ。仲間を思う熱い心が無くては出来ない行動だ、携帯で捜索依頼をして、仲間を捜すんだという思いから、いてもたってもいられなかったのだろう。
私はこの事故を朝のニュースで知っていたが、昼のニュースで進展が無いことに、どうしてだ、と思っていたら13:00頃のニュースで片山さんの下山の映像が流れた。
たんたんとして歩いて下山する姿がそこにあった。あー駄目だったな!と見て取れた。慟哭の思いが表情から見て取れたといってもいい。しかし、その後の記者会見での彼の発言は非常に奇異なものだった。
警察の聴取のあとで「二人の無事を祈るばかりです、明日からの救助の再開でなんとかってことで・・」と記者の質問に応えていたが、そんなことは無いはずだと思わずにはいられなかった。
明日まで待ったら、生きている人間なら確実に死に至るからである。
強烈な風が吹く、風と対面していたら呼吸さえ出来ないこともある。そんな中で装備もない怪我人が生き延びる術は無いと言っていい。生きているなら今、救助に行ってやろうと思った山ヤがこのニュースを聞いて何人かいた筈である。片山さんと関係なくても山ヤならそう思うのが自然だ。
翌日の捜索の結果遺体となって発見された訳だが、彼は医師ではなく死亡を判定するわけにいかないという法律の壁と周りのスタッフの助言からああいう発言になったのだろうと想像する。
最後に片山さんは「すべて私の責任です」と謝罪の言葉を口にしていましたが、悲痛な思いが心をえぐる。
人間は学習していろんなことを学び、対応能力を身に着けていく訳だが、学びうる事柄なんて自然の中ではほんのちっぽけなもので幾ら学習したとしても自然界の出来事を完璧に理解することは不可能だということも知らなくてはならないのだと思う。片山さんが全責任は自分にあるといって潔さを見せたとしても、それは違う。自然はそんなにあまいものではないよ。予見できなかった風が吹いたということだ、片山さんがコントロール出来る術は無かったと言える。過失なんかなにも無い。ただ事故は必ず起こるとしてサポートする体制を準備しておきたかった。事故が起こったらそれで終わり、ではヒマラヤの事故と同じになる。夜間でも救助に向えるサポート体制があれば結果は少し変わったものとなっていたかもしれない。
それと夜間に救助要請を警察に出したとしても警察や消防防災が即座に救援に向うことはないと考えておく必要がある。日本で最も進んでいる富山県警山岳救助隊でも夜間の救助活動を行ったという話は聞かない。スイスのREGAやフランスのジャンダルムなどのように一刻を争う事故では暗視装置をつけて救助活動を行うというところまでは行っていないのが実情だ。
日本も徐々に進歩するしかない。

5年前にこんなことがあった。長野県白馬村に滞在中に唐松岳山頂から唐松沢に滑り込んだスキーヤーが表層雪崩に巻き込まれて死亡するという事故が起こった。雪崩が発生するのを上から見ていたのはENSAのジャン・クドレイ教官だった。巻き込まれたところまでは見ていなかったようだが、巻き込まれた可能性があるから直ぐに救助隊に連絡しろと山頂から携帯電話で言ってきた。
私は白馬村にいたので直ぐに交番に駆けつけてヘリの要請をしたのだが、ヘリが飛来したのはそれから2時間後の夕刻だった。結果は発見できなかったし、事故かどうかも確認できなかった。しかしその夜同行していたパートナーから捜索願いが大町警察署に出され、長野県警本部からも場所の確認をする電話が私の携帯に掛かってきた。事故は現実のものとなってしまった。
翌朝、再度飛来した県警ヘリコプターが事故者を発見し遺体を大町警察署に運ぶという結末となってしまった。
我々も大町警察署に駆けつけたのだが写真を見る限り夕刻でも発見できそうな場所であり、スキーと片足が雪面に突き出た状態で、頭は埋まっていた。
ジャン・クドレイが言った「彼らはボランティアでやっているのか?」「雪崩の場合は15分から30分以内に救助しなくてはだめなんだ、それを彼らは解っているのか」
赤鬼のような顔で警察署内で私にまくし立てたが、「日本にはそういう体制はまだない」というしかなかった。事故現場の写真を警察からもらってこれはフランスに持って帰ると言い3枚の事故写真を持って帰った。
フランスのジャンダルムは内務省(警察)と陸軍の混成の専門の山岳救助隊ではあるが、日本のそれとは比較のしようがないということだ。意識の上で格段の差がある。
日本ではまだまだ事故を起こした者が悪いという意識があり、死して当然かの扱いを受けることがある。
片山さんの責任感の発露がいかにも日本的な発想からの発言だなと思った次第である。
日本にもIKAR-CISAという団体がある、私もその会員だが、徐々に意識の改革をと考えているところです。
亡くなったお二人のご冥福をお祈り申し上げます。